| シーサーの伝来 |
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ひめゆりの塔横駐車場の
巨大シーサー |
一見すると獅子(ライオン)のように見えるシーサー、
その伝来は中国から伝わりました。
その次期は13世紀から15世紀とあいまいです。
日本本島にも同じ中国から伝わった
唐獅子や狛犬(伝来は高麗)が
神社や獅子舞で見られますが、
沖縄のシーサーはそれらとかなり
異なり、沖縄独自の持ち味があります。 |
| シーサーの種類 |
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| 宮獅子 |
13世紀〜15世紀 |

瑞泉門前の獅子 |
シーサの伝来は13世紀から15世紀にかけて
中国から伝来したといいます。
その頃のシーサーは宮獅子と分類され、
首里城の門前や王族の墓に配置されました。
現在のシーサーが持つ魔除けの役割ではなく、
権威の象徴を担っていました。
この宮獅子は主に石造りで、
中国の輸入品や琉球王府の技術者によって
作られたものです。 |
| 御殿獅子 |
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権威の象徴として置かれたシーサーは、
次第に首里城周辺の御殿にも作られ、
配置されるようになります。
この頃からシーサーは
魔除けの意味合いを持つようになってきます。 |
| 村落獅子 |
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御殿獅子の後、シーサーは地方に広がっていきました。
村の集落の入り口に配置し、村に入ってくる魔物や悪霊、
それらがもたらす災難を
退ける役割を担うようになります。
このようなシーサーを村落獅子と呼びます。 |
| 家獅子・屋根獅子 |
1889年〜 |

撮影場所不明 |
その昔、家の屋根に瓦葺を許されていたのは
身分の高い人たちと一部のお金持ちだけでした。
しかし、1889年・明治22年一般民家の屋根にも
瓦葺が許されるようになり、
瓦葺の屋根の家が作られるようになりました。
そのときの大工さんがお礼として、瓦葺で余った瓦や
漆喰で作ったシーサを屋根にのせたのが屋根獅子です。
このシーサーは大工さんが、
この家は自分が作ったという誇示の意味も持っています。
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| シーサーの向きと役割 |
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| 北東向きのシーサー |
役割:悪霊を退ける |
鬼門の方向、北東に向けて配置し、悪霊を
退ける役割を果たします。
この北東の方向、沖縄からみて北東には
日本本島があります。薩摩藩から侵略を受けた
ことも影響しているという、興味深い意見を
お客からいただきました。 |
| 南向きのシーサー |
役割:火災防止、悪風を退ける |
1689年、東風平町富盛で火災が頻繁に
起こる事件があり、村の人々が依頼した
風水士が村の南の八重瀬岳に
火の性があるということで、南に向けて
シーサー配置しました。
これから、火伏せの意味を込め
南に向けてシーサーが置かれるようになりました。
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| 夫婦シーサー |
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ほとんどのシーサーは二対で見かける
事が多いと思われます。
これらは夫婦シーサーといいます。
魔除けの役割とはべつに
夫婦円満の目的もあります。 |
| シーサー・オス |
特長:口を開いている |
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「男は言うべきことは言う」と
いう理由から口を開いたシーサーは
オスのシーサーです。
口を開いている理由は、この他に
悪霊に対する威嚇やら、
火を吐いて悪霊を退けるというのも
聞いたことがあります。 |
| シーサー・メス |
特長:口を閉じている |
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「女性は慎ましやかに」と
言う理由から口を閉じたシーサーは
メスのシーサーです。 |
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| その他シーサー |
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残波岬公園で発見した巨大シーサー!
7メートルくらいあるかな? |
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名城ビーチ帰り、偶然発見した
石造り?シーサー |
オークションで手に入れたピースシーサー。
左のに合成で、シーサーの泡盛を持たせ、
メニューに載せたところけっこう好評。
著作権か何かに引っかからないか心配。 |
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