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沖縄のシーサー
沖縄のシーサー
 沖縄へ行った方なら
下のライオンのような狛犬のような
シーサーと呼ばれるものを一度は
見たことがあるのではないでしょうか。
夫婦シーサー
ここでは、あちこちにあるシーサーの
紹介やシーサーの意味などを
解説していきます。
参考資料

当ページ、シーサーについては
以下の資料を参考にさせてもらいました。

シーサーズ館

上江州 均 氏著「ふるさと沖縄の民具」
(沖縄文化社発行)

長嶺 操 氏著「沖縄の魔除け獅子 写真集」

琉球新報夕刊 1995年9月11〜21日号
シーサーの伝来
ひめゆりの塔横の駐車場のシーサー
ひめゆりの塔横駐車場の
巨大シーサー
一見すると獅子(ライオン)のように見えるシーサー、
その伝来は中国から伝わりました。
その次期は13世紀から15世紀とあいまいです。
日本本島にも同じ中国から伝わった
唐獅子や狛犬(伝来は高麗)が
神社や獅子舞で見られますが、
沖縄のシーサーはそれらとかなり
異なり、沖縄独自の持ち味があります
シーサーの種類
宮獅子 13世紀〜15世紀
瑞泉門のシーサー・オス
瑞泉門前の獅子
シーサの伝来は13世紀から15世紀にかけて
中国から伝来したといいます。
その頃のシーサーは宮獅子と分類され、
首里城の門前や王族の墓に配置されました。
現在のシーサーが持つ魔除けの役割ではなく、
権威の象徴を担っていました。
この宮獅子は主に石造りで、
中国の輸入品や琉球王府の技術者によって
作られたものです。
御殿獅子
権威の象徴として置かれたシーサーは、
次第に首里城周辺の御殿にも作られ、
配置されるようになります。
この頃からシーサーは
魔除けの意味合いを持つようになってきます。
村落獅子
御殿獅子の後、シーサーは地方に広がっていきました。
村の集落の入り口に配置し、村に入ってくる魔物や悪霊、
それらがもたらす災難を
退ける役割を担うようになります。
このようなシーサーを村落獅子と呼びます。
家獅子・屋根獅子 1889年〜

撮影場所不明
 その昔、家の屋根に瓦葺を許されていたのは
身分の高い人たちと一部のお金持ちだけでした。
しかし、1889年・明治22年一般民家の屋根にも
瓦葺が許されるようになり、
瓦葺の屋根の家が作られるようになりました。
そのときの大工さんがお礼として、瓦葺で余った瓦や
漆喰で作ったシーサを屋根にのせたのが屋根獅子です。
このシーサーは大工さんが、
この家は自分が作ったという誇示の意味も持っています。
シーサーの向きと役割
北東向きのシーサー 役割:悪霊を退ける
  鬼門の方向、北東に向けて配置し、悪霊を
退ける役割を果たします。
 この北東の方向、沖縄からみて北東には
日本本島があります。薩摩藩から侵略を受けた
ことも影響しているという、興味深い意見を
お客からいただきました。
南向きのシーサー 役割:火災防止、悪風を退ける
  1689年、東風平町富盛で火災が頻繁に
起こる事件があり、村の人々が依頼した
風水士が村の南の八重瀬岳に
火の性があるということで、南に向けて
シーサー配置しました。
 これから、火伏せの意味を込め
南に向けてシーサーが置かれるようになりました。
夫婦シーサー

ほとんどのシーサーは二対で見かける
事が多いと思われます。
これらは夫婦シーサーといいます。
魔除けの役割とはべつに
夫婦円満の目的もあります。
シーサー・オス 特長:口を開いている
「男は言うべきことは言う」と
いう理由から口を開いたシーサーは
オスのシーサーです。
口を開いている理由は、この他に
悪霊に対する威嚇やら、
火を吐いて悪霊を退けるというのも
聞いたことがあります。
シーサー・メス 特長:口を閉じている
「女性は慎ましやかに」と
言う理由から口を閉じたシーサーは
メスのシーサーです。
その他シーサー
残波大獅子・正面 残波大獅子・横
残波岬公園で発見した巨大シーサー!
7メートルくらいあるかな?
ピースシーサー酒抱きシーサー
名城ビーチ帰り、偶然発見した
石造り?シーサー
オークションで手に入れたピースシーサー
左のに合成で、シーサーの泡盛を持たせ、
メニューに載せたところけっこう好評。

著作権か何かに引っかからないか心配。
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